2015.4.3(金)さようなら、また来世

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この言葉を私は一体あと何回言わなければならないんだろう。
今日そんなことを思った。

そして、自分はどれだけの人に言ってもらえるのだろう。
…とも思った。


自分が見送られる時、自分の知り合いはどれくらいいてくれるだろう。
私は…できれば見送る側には回りたくない。
でも、ゼロにするわけにはいかないから。

去年の5月に高校時代の後輩が亡くなった。
高校の部活の人たちとはほぼ縁が切れてしまっている状態だったけど、やっぱり悲しい。
亡くなったはずの彼女の顔はあまりにも美しすぎて、ただ眠っているだけなんじゃないかと思ってしまった。

その3ヶ月前に祖母が亡くなったんだけど、臨終の…初めて人間の命の灯が消えてから土に還っていくまでをみていたから、この子もその道を辿っていくのかと思った。



もともと、日本人の死生観に興味があるんですよ。
卒論もそれに近いことを書いたし。
(指導教授にはめっちゃ怒られたけど。民俗学をやるなと何度言えばわかるんだ!!って。)

死ぬということはどういうことなのか、その前に、そもそも生きるとはどういうことなのかという考えを巡らすのが結構楽しい。
太古の時代から、国籍問わず、命があるものは終わりを迎える日が来るわけで。
言い換えれば、生まれた瞬間に死ぬことが決まるってことでしょ。
生まれてから「成長」という過程を通って土に還る。みんな一緒。貴賎も関係ない。


ちょっとスピリチュアルな話になりそうだからやめよう。
個人的には宗教に興味ないし、信仰心もゼロなので。

『神様は人間を救ってくれない』と本気で思っているので。
救ってくれるなら、各宗教の教祖様もお出ましのはずでしょ、このご時世。

信仰している人を否定したりはしないですよ?念のため。
私は何も信仰してません、今後も一切しませんってだけ。



今日大学の先輩の訃報がご家族から知らされた。
卒業した後も一緒にライブをやったりしてたし、いつも元気な女性だったので未だに信じられない気持ち。
土に還ってしまう前に、さよならを言おう。
今生で縁のあった彼女に。
来世でまた会えたらいいですね。