2015.3.29(日)歴史の道ウォーク

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日野市観光協会主催の「歴史の道ウォーク」というイベントに参加してきました。

日野本陣に9時集合ということで、5時起きです。。。
やっぱり遠いです…。

日野駅で所属する歴史サークルの知人と出会い、人見知りモードはすぐにOFF!
本陣に着いた時にはまだ殆ど参加者の方がいなかったにも関わらず、また別の知人と合流!
ちなみに、今回のイベントでは8人の知人に会う予定でした。(実際会えました)

もともと参加できるけど、年度末で忙しいし、唯一の休みである日曜に二週連続で家にいないのもどうかしらと思っていて参加表明が遅れてしまいましたが、無事参加できました。

イベントは20人の定員だったのですが、結局倍以上になってしまっていたようで、2班に分かれての見学となりました。
受付順で分けられたので、到着がはやかった私は1班でした。


今回のイベントは、日野から平村(たいらむら)へ続く東光寺道(拝島道)を歩くというものです。
この東光寺道は、慶応元年に、平村にある東照宮参拝のために土方歳三が通った道(佐藤彦五郎日記より)であり、また、慶応4年、官軍に追われる身となってしまった、新選組支援者でもあった日野宿名主、佐藤彦五郎が奥さんと子供を連れて逃げた道でもあります。

日野本陣前の甲州街道を、まずは日野駅に向かって歩き始めました。
日野駅は両隣の駅と比べると駅舎がとても小さいですが、これは日野の農家をモチーフにして建てられた駅舎なんだそうです。
日野の駅前に駅ビルとか建ったら私は引く。。。


ちょっと見づらいですが、レンガが使われているのがおわかりになりますか?
このレンガは明治になってから日野で作られた、日野レンガだそうです。
100年以上も保っているなんて、やっぱりレンガは丈夫ですね。

甲州街道の旧道を通ったりしてたどり着いたのは「よそう森公園」。
平仮名で書かれるとスルーしてしまいますが、「予想森」(個人的には「予想盛」じゃないかと思っているのですが…)と書くそうで、もともとはその辺り一帯の田んぼを見渡して収穫量を「予想」するための小塚があった場所だそうです。
現在は公園として整備されつつも、小川が流れていたり、地元の小学生が田植えを体験するための場所でもあるそうです。
地元の小学生が田植え…うちの地元と同じですね笑(23区内だけど田舎ってことかー)

近くの公園で桜が満開でした。

 

 


この日の朝、私の地元の桜は5分咲きくらいでしたし、この近辺の桜もそのくらいの咲きだったのですが、この桜だけ満開。
日当たりが良いんですかね。
青空に映えます。

多摩川付近も桜が満開で、ガイドさんが「ぜひ川辺を歩きましょう!」とおっしゃってくださったので、みんなでお花見がてら散歩。
「名栗のぶっこわし」というなんとも大雑把なネーミングの百姓一揆のお話を伺いながらのウォーキングでした。
この百姓一揆を鎮圧させたのが日野宿名主であり、農兵隊を指揮していた佐藤彦五郎でした。

で、お昼。
とても長い時間歩いていた気がしたのですが、まだ12時。お昼時。

2班も合流し、みんなでお昼。

その後、今回のメインイベントである平村の東照宮へ。

 


実は民家にあるんです、この東照宮
ご当主の説明によると、徳川家康より拝領した「洪武通宝」をご神体とした小さな東照宮があったそうです。
「あったそうです」というのは、東照宮自体は前当主の頃に取り壊してしまったそうで、現在残っているのは後に作られたお社とご神体、一部の東照宮遺構のみです。

ただ、当時のモノクロ写真を見せていただいたのですが、日光東照宮そのもの!
柱にも細かな装飾が施されていたそうで、こんなに凄いものが個人宅にあったのかと感動してしまいました。
ご当主の意向もあり、写真撮影は禁止でした。

が、撮っているじいさんがいて、「おい、じじぃ…」と注意しようとしたらすぐさまガイドさんに注意されていました。
なんで再三再四ダメだって言われたことをやるんですかね。
自分だけは大丈夫と思っているのか、話を聞いていないのか。
後者だったらこの手のものに参加しても何も覚えていないんじゃないですかね。

 

 


こちらの写真は旧道です。
この道を家康が通り、また土方歳三や佐藤彦五郎が通ったんでしょうか。

最後に訪れたのは、官軍に追われた佐藤彦五郎が奥さんと子供を連れて逃げてきた大蔵院というお寺でした。

新選組の支援者でもあり、土方歳三の義理のお兄さんでもあった日野宿名主の佐藤彦五郎さん。
戊辰戦争の戦火が関東に及んだ際には農兵隊を率いて甲州勝沼の戦いに参戦しました。
結果は惨敗で逃げ帰ってくるわけですが、官軍には名前も顔も知られてしまい、追われる身となってしまったそうです。
佐藤家は一家バラバラになって逃げたそうですが、彦五郎さん本人は奥さんのノブさん(土方歳三の実姉)と次女(数え年で5歳)を連れて日野を経ちました。
大蔵院にたどり着いたものの、すぐに追手が迫り、大蔵院裏の山をよじ登って逃げたそうです。
官軍が大蔵院で彦五郎たちを捜しているまさにその瞬間、裏山を逃げていく彦五郎たちの白い足袋が見えたという話が地元には伝わっているそうです。


この話を聞いていてもとても緊迫した状態だというのが分かると同時に、見えている景色の中でそんなことがあったのかと思うと感慨深いものがありました。

 

 


大蔵院脇の樹齢400年以上の…公孫樹…?
(なんの木だったかは忘れてしまいました。すみません。)
この木は前を通る歳三や彦五郎を見ていたんですかね。


午前中はとても良いお天気で、寧ろ暑かったです。
が、お昼近くになって雲行きが怪しくなり、雨が降る前に!とガイドさんが頑張ってくださったおかげで、とても巻きで終わってしまったのですが、総てちゃんと見学することができました。

早めに終わってしまったので、歴史サークルの面々と、所属はしていませんがイベントに参加されていた方たち数人と一緒に、井上源三郎のお墓がある宝泉寺に行ったり、佐藤彦五郎のお墓がある大昌寺に行きました。

そしてその後は飲み会!
お店を変えて3次会!!

1日新選組漬けでとても楽しかったです。