【麒麟がくる】帰蝶って何者?②

先日の記事の続きを書こう。

がんばれ、私。。。

戦国時代は正直あまり得意ではなく…始めてはみたもののヒーヒーいっている状態なのは、内緒。

 

信長に嫁いだ女性が、かつて土岐頼純に嫁いだ女性と同じ女性と仮定し、かつその女性を「濃姫」と記述することで話を進めようと思う。

 

 

結婚後の夫・織田信長

教科書に出てくるくらいの有名人で、「うつけ者」日本代表と言っても過言ではない織田信長

結婚すると落ち着く男性もいるが、彼にその枠がはまらないことは、多くの人が知っているだろう。

 

そもそも「うつけ者」=「大馬鹿者」と訳されるが、少し違う。

「うつけ」というのは「虚」や「空」などと書き、もともとは「からっぽ」という意味である。

それが転じて「ぼんやりしている様」やさらに「常識から外れた」という意味でも使われるようになった。奇妙な振る舞いをすることで「うつけ」と呼ばれることもあったという。

 

ということは、信長は「大馬鹿者」というより「奇妙な振る舞いをする者」として認識されていたのではないか。まさに奇行種。

 

想定外の動きをし、周囲の人間を振り回し、心身ともに疲弊させる男。

それが織田信長だったのではないか。

 

奇行種・信長の逸話として有名なのは、父・信秀の葬儀での振る舞いである。

天文18年(1549)に無事結婚した信長と濃姫だったが、その3年後の天文21年(1552)に父・織田信秀が死去する。

 

嫡男として、父の葬儀を恙無く進めなければならない立場の信長であったが、葬儀には遅刻、いつものだらしない姿で現れ、あまつさえ、父親の位牌に焼香用の抹香を投げつけたのである。

 

信長公記』にもその記述がある。

「信長御焼香に御出づ。其の時の信長公御仕立、長つかの大刀、わきざしを三五なわにてまかせられ、髪はちやせんに巻き立て、袴もめし候はで、仏前へ御出でありて、抹香をくはつと御つかみ候て、仏前へ投げ懸け、御帰る。」

(信長が焼香に立った。その時の信長の出で立ちは、長柄の大刀と脇差を藁縄で巻き、髪は茶筅髷に巻き立て、袴も履かず。仏前に出ると、抹香をかっと掴んで仏前へ投げかけて帰った。)

 

ちなみにこの時、弟はちゃんとしていたらしい。。。

「御舎弟勘十郎は折日高なる肩衣、袴めし候はて、あるべき如きの御沙汰なり」

(弟信行は折り目正しい肩衣・袴を着用し、礼にかなったあるべき作法であった)

 

別の逸話では、夜な夜な寝所を抜け出て明け方に帰ってくる信長を、濃姫が問い詰めた際、「斎藤家に潜り込ませている自身のスパイが、道三を殺したら狼煙をあげる手筈になっているから確認しに行っている」と言ったという。

これを知った濃姫は、父・道三に手紙を出し、そのことを知った道三は、スパイをあぶり出し、殺害して事なきを得たーー。

この逸話については、後世の創作である可能性が高いといわれている。

 

理由は2つ。

まず、「この時期に齋藤家の家臣が殺された事実がどの史料にもないこと」。

そして、そもそも「信長の当時の居城・那古野城から、道三の居城・稲葉山城の狼煙はみえない」こと。

那古野城から稲葉山城まで、直線距離で約30km。

 

…東京を例に考えてみよう。

東京駅をスタート地点として、北に30km程度のところは埼玉県越谷市春日部市あたり。

南に30kmは東京湾海上、東30kmは千葉県千葉市花見川、西30kmは東京都国立市あたりとなる。

おそらく、なにをどうがんばっても、何も見えないだろう。

 

このことから、”夜な夜な寝所を〜”という逸話の信憑性は薄いと考えられる。

 

だからといって、信長が想定外の奇妙な振る舞いを続けていたということに変わりはなく、傅役の平手政秀を筆頭に、家臣はみな不安だっただろうと思う。 

 

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那古野城稲葉山城の直線距離

信長と、義父・道三 

信長が虎視眈々と道三の首を狙っていたーー

 

などという創作がつくられてしまう織田信長斎藤道三

一見相入れなさそうな印象を受ける超個性派の2人だが、果たしてその真相は?

 

舅と婿が仲が悪いというのは、間に立つ嫁にとって、それはそれは大変なことなのは想像に難くない。

(現代はどちらかというと、姑と嫁の間の婿という立場から、男性の方が覚えがあるかも…?)

 

では、本当に仲が悪かったのか。

仲が良くて大好き!俺たちマブダチ!などという史料はあるわけもないので、史実から探って堀を埋めていきたい。

 

信長と道三の直接会見

天文22年(1553)道三と信長は、直接会談の場を設ける。

大河ドラマでは先日放送された第14回「聖徳寺の会見」である。

 

4月下旬、道三から会見したいとの話を信長側に持ちかける。

会見したい理由は、婿・信長の器を見極めたかったからだという。

 

うつけ者と名高い信長を笑ってやろうと、あらゆる手段をとった道三は、町外れの小屋に隠れて信長の行列を覗き見し、いつも以上に奇妙な格好をした信長を目にすることとなる。

頭を抱えたことだろう。

大馬鹿者は真実だったのだと。

 

しかし、会見の場に現れた信長は、打って変わって長袴、小刀という正装であった。

 

会見を終えた道三は、「道三の息子たちは、いずれ信長の家臣となるだろう…」と、呟いたという。

このとき道三は「信長は只者ではない…」と感じたとか。

 

ちなみにこの話、信長の一次史料といわれ、こちらでも何度か名前を出して使用している『信長公記』から引っ張ってきた話だが、このエピソードは微妙に人名などが間違っていたりしており、真実かはわからない。(こんなんばっかりだ)

 

信長と道三の協力関係

天文23年(1554)、信秀亡き後、織田家がバラバラになりつつある今が狙いどきと、今川氏が尾張に侵攻。

今川は、尾張領内の南から侵攻し、周囲の城を降伏させながら、信長の居城・那古野城と、織田領地南方にある緒川城の間、村木村に領地を分断するような砦をつくる。(村木砦)

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緒川城と村木砦と那古野城


 

周囲の城が今川に降伏する中、緒川城を助けるには、村木砦を落とす必要がある。

しかし、そのために信長が出兵すると、居城の那古野城がガラ空きとなってしまう。

 

父親が亡くなってから、織田家内での味方にあまり恵まれていなかった信長は、義父・道三に援軍を依頼。

この依頼を受けた道三は、すぐに兵を派遣し、那古野城の守りを固めた。

 

いくら義父といえども、本拠地を他国の軍に守らせるというのは異例であり、このことからも、聖徳寺での会見以降、信長と道三の関係が、強固になっていたことがわかる。

2人の間を取り持っていたのは、他ならぬ濃姫の存在だったのではないか。

 

道三からの援軍によって背後(那古野城)を固めた信長は、熱田から海を渡り、緒川城に入城。鉄砲の使用により砦を攻略し、今川方を降伏させることに成功した。

 

濃姫の父・斎藤道三の死

天文23年(1554)、婿・信長との関係は強固になっていた道三は、家督を息子・義龍に譲り、自身は出家する。(このときから「道三」と名乗る)

土岐氏の居城だった鷺山城で、隠居生活を始めようとしていた。

 

しかし、義龍が実の弟たちを次々に殺害。

一説には、父親から可愛がられていた弟たちが、いつか、自分に取って代わるのではないかと怖れたためともいわれているが、真相は本人にしかわからない。

(そもそも弟たちが道三から特別可愛がられていたかどうかがわからない。)

 

義龍のこの行いに道三は激怒し、挙兵。鶴山付近に布陣する。

道三の兵は約2,000人、義龍は、斎藤家の家臣団に支持されたこともあり、約12,000人の兵で対峙した。

 

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地図では出てこない鶴山の位置

圧倒的な兵力の差に死を覚悟した道三は、かの有名な「美濃一国譲り状」を残したと言われている。

(個人的には、多くの家臣が自分ではなく、義龍についたことも、道三はショックだったんじゃないかなと思っている。道三だって人間だもの。)

 

この「美濃一国譲り状」だが信憑性が曖昧であり、丸々信用して良いのかどうかがわからない代物である。江戸時代に作られたともいわれる。

(紙の年代調べたら一発じゃないかと思うんだが…安直かな?)

この書状の大まかな内容は「自分の死後、濃姫の婿・信長へ、美濃一国を譲る」というものである。

 

道三の危機を知った信長は、すぐに挙兵。

清洲城から出兵したものの、大良河原(現・岐阜県羽島市)で義龍軍により進軍を阻まれる。

援軍が断たれた道三の劣勢は変わらず、首を落とされることとなる。

弘治2年(1556)の出来事であった。

 

桶狭間の戦い〜美濃獲得

永禄3年(1560)、かの有名な「桶狭間の戦い」が勃発。

永禄5年(1562)、信長は、今川氏から独立しようと画策していた三河国徳川家康と同盟を結ぶ。(清州同盟)

三河との同盟締結により、信長はいよいよ美濃攻めに乗り出す。

 

信長にとっての義父・道三の首をとった道三の息子・義龍は、永禄4年(1561)に病死している。義龍亡き後、美濃は、義龍の息子・龍興が治めていた。このとき14歳。

14歳の若き領主に、もしかしたら不安を覚える家臣は少なくなかったのかもしれない。

なにせ美濃は、周囲の武将たちが皆狙う要所。

 

信長はまず調略により斎藤家の重臣を味方につけ、永禄10年(1567)、稲葉城を攻め落とし、美濃を手に入れることとなる。

稲葉山城に入城した信長は城の名前を「岐阜城」と改め、この城を天下取りの拠点とした。

 

余談だが、この「岐阜城」という名前。

尾張の禅僧が、中国の故事から考え、進言した3案の中から信長が選んだといわれている。

…「義父の城」で「ぎふじょう(岐阜城)」だったら熱いな…という独り言。

(そもそも「義父」という概念は当時からあったのか…?)

 

この時期の濃姫の動向

父の死を知った濃姫は、父の死を悲しみ、肖像画を描かせ、美濃・斎藤家の菩提寺・常在寺に納めさせたといわれている。絹本着色斎藤道三像

 

今日のまとめと次の予告

歴史の表舞台からは完全に姿を消している濃姫

しかし、父と夫との関係、父の死などを通して、存在を感じることもできる。

 

次回は、父亡き後、織田家での濃姫の動向を探っていきたい。

 

お題「#おうち時間

#麒麟がくる #濃姫 #帰蝶 #織田信長 #斎藤道三 #明智光秀

【麒麟がくる】帰蝶って何者?①

大変な時代になった。

よく「戦時と同じ」などといわれるこのコロナ禍。

 

こんなときに大活躍するのはいわゆる「理系」の方々で、我々「文系」、特に語学と無関係の人間は、本当に役に立たない。

びっくりするほど役立たず。

歴史家なんてものも、有事ではさっぱり。

歴史家が役に立つのは全てが終わってから。まとめ、記録として残したことを伝えていくのみ。

その残した記録が役に立つのかどうかは、後世の人たちによる。

(シュレッダーされたら泣くね…)

 

そ こ で ! !

STAY HOMEを実行する、多くの優しい人たちに、暇つぶしコンテンツを提供する程度のことはできるのではと思い立ち、今年の大河ドラマ麒麟がくる』から、「濃姫」のお話を少し。

 

 

名前の謎〜帰蝶?胡蝶?濃姫

大河ドラマでは、放送開始前から大騒動があったこの役。

女優の川口春奈さんが演じ、ドラマ内では「帰蝶」と呼ばれている。

 

実はこの帰蝶、本当の名前は不明である。

 

彼女の名前に言及した史料はほぼないといっても過言ではない。

 

『絵本太閤記』や『武将感状記』などでは「濃姫」とされている。

これは「美濃」から嫁いできた「姫」ということで「美濃姫」=「濃姫」となったといわれる。

またこのほか『美濃国諸国記』では「帰蝶」、『武功夜話』では「胡蝶」など、とにかく書かれるもので名前が違う。

 

逆に考えると、なぜここまであちこちに書かれているのに名前がわからないのか。

 

それは、名前が書かれているものすべて、史料として、書かれた年代が戦国時代から時間が経ってしまっていたり、公式の記録ではなかったりと、信憑性に欠けるからである。

 

当時の女性で、本名がわからないというのは珍しくないのだが、非常に書きづらくまた、話しづらいので、今回は「濃姫」で統一したい。

濃姫の父親も、「道三」で統一する)

 

濃姫の家族

美濃国(現在の岐阜県)の国主・斎藤利政(のちの道三)と小見の方の娘として生まれた濃姫

 

父親の斎藤道三はいわゆる「下剋上大名」の1人である。

もともとは美濃国守護・土岐氏重臣であった。

母親の小見の方は、「明智氏」の出身であり、今年の大河ドラマの主人公・明智光秀は小見の方にとって甥っ子、つまり濃姫にとっては従兄弟だったともいわれている。<この関係には諸説ある>

 

濃姫は、初め土岐頼純に嫁ぎ、頼純亡き後、織田信長に嫁いだといわれている。

母は違うが、兄に斎藤義龍がおり、ほかにも兄弟姉妹がいる。

 

濃姫の生涯

天文4年(1535)に生まれたといわれる。

生年に関して書かれた書物は『美濃国諸国記』のみであり、『美濃国諸国記』の信憑性は上記でも述べたように、今一つということもあり、この記述が正確なものなのかどうかは不明のまま。

 

※「信憑性に欠ける」と連呼して申し訳ないが、これは「嘘ばかり」ということではなく、「どれが本当のことなのかわからない。真実もあるかもしれないし、創作もあるかもしれない」という状態で、真偽不明ということである。もちろん新史料が出てくれば変わる。求む、新史料。

 

 

美濃国(現・岐阜県)は、越前国(現・福井県)の朝倉氏、尾張国(現・愛知県)の織田氏などから常に狙われ続け、幾度となく侵攻されていた。

 

道三はまず、朝倉氏との和睦を画策。

朝倉氏からの「土岐頼芸の守護退任」という条件をのむこととなる。

(この関係性は、後日整理したいところ…。ややこしい…。)

 

天文15年(1546)、当時の美濃国守護・土岐頼芸を約束通り追放し、実質的に美濃の支配者となった道三は、朝倉氏との和睦の証として、頼芸退任後に美濃国守護となった、頼芸の甥・土岐頼純に濃姫を嫁がせたといわれる。

 

天文16年(1547)頼純が24歳で急死。濃姫は斎藤家に戻ってくることとなる。

濃姫が天文4年に生まれていたとすると、12、13歳の出来事となる。

ドラマ内で、頼純は毒殺されていたが(伊●衛門茶事件)、史料がないため確証はなく、表向きは病死とされている。

 

道三は次に、尾張織田家との和睦を画策。

和睦の証として、未亡人となっていた濃姫を、今度は織田信長のもとに嫁がせる。

太田牛一の『信長公記』には、このときの婚礼について、たった一行だけ記述がある。

 

「平手中務才覚にて、織田三郎信長を斎藤山城道三聟に取り結び、道三が息女尾州へ呼び取り候ひき」

(平手政秀の働きで、信長を道三の婿とする縁組が決まり、道三の娘を尾張に迎えた)

 

このことから、織田家重臣であり、信長の傅役であった平手政秀が働きかけ縁組が進んだことがうかがえる。

 

当時の織田家は、嫡男である信長の奇行が目立ち、織田家の将来を心配する家臣が少なからずいた。

信長と濃姫の縁組は、織田家と和睦したい道三と、道三を後ろ盾につけ、信長の足場固めをしたいと考えていた平手政秀両者の思惑が一致して取り決められたのだろう。

 

天文18年(1549)、めでたく信長と濃姫が結婚。

信長16歳、濃姫15歳。

 

 

ただし、土岐頼純に嫁いだ女性と、織田信長に嫁いだ女性もが、同一人物であったかどうかは定かではない。

こんなに長々と書いてきて梯子を外すようで申し訳ないが、名前がわからないということが非常にネックになっている。

 

夢枕獏先生の小説『陰陽師』の中で、安倍晴明がよく口にする言葉がある。

「名とは、親が子にかける最初の「呪」である」

 

家の名前

性別

 

これだけでは個人が特定できないのだ。

人は名前をもらって初めて個人だと認識される。

「△△家の娘さんの、〇〇さん」というふうに。

 

 

表舞台に名前が出てこない彼女たちは、戦国の乱世をどのようにして生き抜いていったのだろうか。

 

今日のまとめと今後の目標

信長との結婚の後、「濃姫」は歴史の表舞台からほぼ完全に姿を消す。

というより、「〇〇と結婚した」という時くらいしか、表舞台に姿を表していないというのが実情である。

これは、土岐頼純ともだが、織田信長との間に子どもを授からなかったということも大きな要因だろう。

もともと歴史上で女性の名前が残ることが少ないので致し方ない部分もある。

 

しかし、天下取りまであと一歩というところまでいった、時代の寵児である武将の正室として、亡くなった時期も場所も、戒名すら正確にはわからないというのは解せない話である。

 

長くなってしまったので、今日は一旦店じまい。

明日以降、織田家に直接的に関わる史料には出てこない濃姫を追ってみたいと思う。

 

 

 

お題「#おうち時間

#麒麟がくる #帰蝶 #濃姫 #斎藤道三 #織田信長 #明智光秀

【日本史勉強法】 勉強の心構え

やるやる詐欺のようになっていますので、いい加減エンジンをかけましょう…。

 

こちらのブログ、もちろん好きなことを好きなように書く用に開いたものなのですが、大テーマは「日本史をもっと知ろうぜ!」というテーマで立ち上げました。

(すっかりドラマの話しかしないブログになってしまっていますが…)

 

身の回りが忙しくてなかなか大変だったのですが、少し落ち着いたので、定期更新をめざし、がんばります。

 

本日のテーマは『日本史勉強の心構え』です。

 

日本史は勉強する以前に「心構え」なるものが必要なのか!むり!

…そう思わず、少しお時間をいただければ。

 

前にも少しだけ言及したのですが、選択制の受験科目は、

 

1・その科目が得意な人

2・いろいろ取捨していったらその科目しか残らなかった人

 

この2種に分かれると思います。

英語や国語のように必須でないものは、基本取捨していくことになります。

 

1の得意な人は、正直なんの問題もありません。

むしろ、そればっかり勉強するな、他にもやらなければならないことが、たくさんあるというアドバイスで終わりです。

 

問題は2。

この人は、大抵「選んだもののそれほど好きじゃない」という二言目がついてきます。

好きじゃないものを義務として学ばなければならないというのは、苦痛以外のナニモノでもないです。授業で充分体験したじゃないですか。

 

ただ、多いのは「2」の人。

私みたいに「日本史?勉強しなくてもイケる!」という人は少ないんじゃないかなと思います。

義務で学ばなければならなかった日本史は、受験が終われば遠い遠い宇宙の果てに投げられ、ホコリをかぶったまま放っておかれます。

そしてそのなかで、ある一定の年齢を超えたあたりくらいから、日本史に目覚める人が出てきます。

かなり厄介な形で再登場する方も、少なくないのが頭が痛いです。

 

そう。

自国の歴史を理解している人が少なすぎるんです、この国。

教え方(授業方法)の問題もあるとは思います。

私は得意科目ですが、授業はつまらないと思いましたもの。

 

どこか一箇所だけを取り出して理解することはできなくはないですが、確実にズレが生じます。

それはなぜか。

歴史はすべて地続きだからです。

突然空から降ってきたコンテンツではないからです。

 

「心構え」としたのは、勉強のマインドを変えましょう!ということ。

日本史は、暗記科目ではありません!理解科目です。

もう一度いいます。

 

日本史は、暗記科目ではなく、理解科目です!!!

 

受験科目として選ばざるを得なかった人は、他の勉強の合間(息抜きタイム)で、お風呂に入りながら、寝る前で…に教科書、もしくは参考書を読んで理解することからまず始めれば良いのです。

 

今、私たちが生きているのもいつか…いえ、瞬間で過去になり、「歴史」になります。

歴史は必然の塊です。

その瞬間に生きていた人たちが選んできた必然で歴史が成り立っていきます。

 

もちろん、覚えるべき箇所はあります。

それは、公式を覚えたりするのと一緒です。

 

そのことを念頭において、学んでいきましょう!

【若干ネタバレあり】2019夏・テレビ朝日系木曜ドラマ『サイン』にみる、リメイク作品の限界

「備忘録」と称した例の記事を進めたいところですが、このドラマの感想を忘れず書いておきたいと思ったので、先に書きます。今にも忘れちゃいそうなので。

 

 

概要

『サインー法医学者 柚木貴志の事件ー』

2019年夏クールのテレビ朝日系木曜21時台の連続ドラマ。

出演:大森南朋、飯豊まりえ、森川葵松雪泰子仲村トオル西田敏行 他

原作:2011年に韓国で大ヒットしたドラマ『サイン』

 

あらすじ

厚生労働省警察庁共同管轄の日本法医学研究院に所属する解剖医・柚木貴志(大森南朋)が、新人解剖医・中園景(飯豊まりえ)とコンビを組み、あらゆる事件の真相を追い求め、真実を隠蔽しようとする権力に立ち向かっていく物語。

 

個人的感想

及第点

良かった点は、「いつもと違う」ドラマだったという点。

大ヒットドラマシリーズが数ある枠で、あえてシリーズ物ではない新作品を作るというのは、勇気が必要だったと思う。

その姿勢はとても評価できるし、ぜひまた、「いつもの」ではないものに挑戦してほしい。

 

反省点

とにかく全体がぼやけていて薄い。

物語の背景、登場人物たちの背景、関係性すべてが薄味。

 

まず、舞台である「日本法医学研究院」。

韓国版では、実際に存在する「国立科学捜査研究院」というところが舞台だったそうだが、日本にはないので、架空の舞台にしたとのこと。

これが実に良くない。

いや、架空の舞台がダメなのではない。

架空の舞台なら、その「物語の世界線」に根付かせなくてはならないのだ。

正確にいうと、現代の日本が舞台のベースにあるというなら、現実にあってもおかしくない・むしろありそうな設定の舞台を作り上げなくてはならないのだ。そこの詰めが非常に甘い。全てが架空ならどうでもいいことなのだけど。

 

甘い舞台を中心に、そこのトップの座を狙う伊達明義(仲村トオル)。彼がなぜそこに執着するのか、今一つ掴めないまま物語は進む。恩師である兵頭邦昭(西田敏行)を自殺に追い込んでまで、彼は何を守ろうとしたのか。最終回までみた今現在も、さっぱりわからない。一体何だったのだろう。

 

初回に匂わせた女性・島崎楓(森川葵)が、最終章にも深く関わってくるというのは、連続ドラマあるある手法なのでそこは別にいいのだが、彼女が最終回で柚木に繰り返し言い続ける

「永士がどうやって死んだか、知りたい?」

というセリフは、解剖してんだから、「HOW」はわかってるんだよ、ぼけっていう話。知りたいのは、「WHY」。ただ、そもそも一解剖医がなぜ捜査しているのか、その前の時間帯の「某女性科捜研職員(法医学担当)」もそうだからなのか…?

 

 

改善点

まず、兵頭先生との話を前半であんなにひっぱり続けることはなかったのではないか。

兵頭先生がいない世界線からのスタートでも、話は十分進められたのでは。

 

そして、主演の年齢を少し下げる。

もう少し設定を下げめでも良かったのではないか。(韓国版のパッケージだけみたらあんな雰囲気だったから、似た俳優さんをチョイスしたのかもしれないけれど…)

大森さんがすべて悪いわけではないのだが、仲村トオルさんとの上下関係がわかりづらい。仲村トオルさんの方が、実年齢少し上なのだが、並ぶとほぼ同世代に見え、ドラマ内では同期?くらいに思って見ていたら、だいぶ年齢差があるらしいという描写があり、大混乱。

主演の年齢を少し下げるだけで、絶対的な上下関係みたいなものが画面だけでも伝わりやすいのではないか。

新人解剖医の飯豊まりえと、師弟愛のような、恋愛感情のような薄めの甘酸っぱさを醸すなら下げめの方がしっくりくる。

主演の年齢をさげれば、元カノ・和泉千聖松雪泰子)の年齢も少し下げざるをえなくなり、やり手の、上昇志向が強い女性刑事という絵がそれなりに出来上がったのではないか。

そうすれば、若手捜査官・高橋紀理人(高杉真宙)の「一生ついていきます!」という最後のセリフがそれなりに効いてきたのではないか。

そんなそもそも論がぐるぐると回ってしまう。

 

パワハラ大王」と異名がつくほどの暴君が、新人を認め、デレるのが回想のみって…。

あぁ、なんと勿体無い。

ここぞというときに、柚木が一人で中園の実家に行く後ろ姿だけでもインサートしてくれていたら、印象はまったく違うものになったのに。

 

柚木が殺害され、その様子を警察、法医研の面々でみているとき、隠しカメラの中の映像(アップ)は絶対に不要だった。

隠しカメラの映像を見る面々と、隠しカメラの映像のみで良かった。

どうしても森川葵のアップを入れたいというのであれば、回想として楓に語らせて、そこでインサートすれば良いのだ。

 

なにより。

主人公が最終回の途中で殺害されるということは、主人公は柚木貴志ではなく、中園景だったのではないのか。

柚木が権力に立ち向かうのが物語の軸ではなく、柚木を通して成長する景の物語だったのではないか。

そう考えると、仲村トオルの暗躍も、大物然として登場した篠井英介も、木下ほうかも、なぜうっすらとした存在感だったのか、腑に落ちるのだ。

そう、中園景の成長物語には不要の人物だから。

ちょっと濃い色をつけられた背景でしかないから。

 

ただ、彼女の成長物語とするなら、第2章とされた第6話あたりからの話が最終回までひっぱられなければいけない。

彼女の妹が絡んでくるからだ。

ただそうすると、疑惑のファーストレディ、森川葵がいきてこない。

痛し痒しの状態なのである。

それはなぜか。

 

話の軸がブレているからだ。

柚木が、権力に立ち向かう話も中途半端

景を主人公にすると、いきてこない人物・話がある

そう。両方はとれないのだ。

どちらかを軸にするしかなかったのに、今回のリメイクでは、両方の話を動かしてしまった、そこが敗因だと思っている。

 

 

演出面は、そこまで気にはならなかったが、やはりというか、最終回はいろいろ無理がたたっていた。最終回直前まで、とにかくどんどん話の枝葉が広がっていったという印象は拭えなかった。 

 

まとめ

「韓国ドラマのリメイクなんて!」

と、憤る人は、きっと一定数おられるのだろう。

私は、おもしろければなんでもいいと思っているたちなので、そのあたりはどうでもいい。

ただ、契約内容の問題なのかもしれないが、そのまま置き換えるだけでOKとはいかないのが、韓国ドラマリメイクの難しいところだとは痛感している。

 

韓国本国のドラマは、日本と違い、1話ごとの時間が長く、途中にCMも入らないと聞く。単純に、1時間のドラマだったら、1時間分丸々使って描けるのだ。

日本は、1時間のドラマではなく、だいたい45分程度のドラマに抑えなければならない。そして、「クール」という壁が立ちはだかる。当たれば何話でも放送して良いという本国とは、そこが圧倒的に違う。

だからこそ、リメイクにあたっては、緻密な組み立てが必要になってくるのではないか。

 

隣の国で、言語学的にもかなり近い存在だとはいっても、育んできた歴史や、生活の違い、思考方法の違い、感じ方の違いは、否応無く現代ドラマにのしかかってくる。

「国立科学捜査研究院」という物語上最も重要な存在も、名前だけ変えればハマるかと問われれば、絶対にNOなのだ。

 

日本の実写化や、リメイクが弱いのは、そのあたりの軽視が如実に出ているからだと感じている。

実写化やリメイクがすべてダメだとは言わないが、「原作(大元)により似せた格好をしていれば良作」と思ってはいないだろうか。そんなものは、コスプレして画面に映って喋っているだけで、ドラマでもなんでもない。役作りの必要もないから、役者の技量だってどうでもよいことになる。演技が上手い人がいらないわけではない。上手かろうが、下手だろうが関係ないということだ。

 

今回のテレ朝ドラマチームの挑戦は、個人的には好意的にみているのだが、次回以降はぜひ、しっかり気合を入れてつくってほしい。

【備忘録】戦国最強武将って?

ご無沙汰しています。

 

タイトルには【備忘録】とつけましたが、なんでそんなものをつけたかというと…

 

「根拠がしめせないから!!」

 

この一言につきます。

 

先日、いわゆる歴史検証番組をみていて気になっただけです。

今後調べる時間がほしいなと。

 

だからメモ書きのみね。

 

織田信長

武田信玄

上杉謙信

 

兵法

 

…むしろこれでのちのちわかるのだろうか…。

【ドラマ感想】『刑事ゼロ』

 

 観ていた今期のドラマの話を。

まずは、『刑事ゼロ』。

 

 

 

主演 

主演は、沢村一樹と、瀧本美織

 

概要

「ある事件」の捜査中に負った怪我で、刑事20年分の記憶を失った切れ者刑事・時矢(沢村一樹)が、切れ者刑事のファンである新人刑事・佐相(瀧本美織)と、記憶喪失のことを周囲に隠しながら、事件を解決していく物語。

「ある事件」は、最終回までなんとなく引っ張るという、王道の作り。

 

 個人的感想

結局、最終回で時矢の記憶が戻らなかったことや、平均視聴率が2ケタ以上(11.6%)であることを考えれば、シリーズ化は「ほぼ決」という雰囲気。

個人的には時矢と佐相のラブ路線は、入れるとしてもうっすら(科捜研のドモマリくらい)がいいなぁと思っているけども、果たしてどうなるか。

 

気になった点をあげるとすれば、時矢と佐相以外の捜査班メンバーのキャラクターがうっすい。。。

 

せっかく、渡辺いっけいや、寺島進猫背椿、だいすけお兄さんとか、一癖も二癖もありそうなメンツを揃えているのに、ほぼモブ。

猫背さんがなんとなく立ってたかな…?という感じ。(おみやさんでいうところの、桂子さん)

あと、おいしい立場だったはずの武田鉄矢がもったいなかった。

 

シリーズ化するなら、その辺をきっと展開してくれるでしょう。

 

個人的に魅力的だったのは、時矢の元嫁、弁護士の奥畑(財前直見)。

ファッションがすてきだった。

刑事モノは基本、女の子も地味スーツになるので、絶対に華が必要。

科捜研は、主演の沢口靖子がその辺も担っている。

派手すぎず、でも綺麗な色味のファッションで、財前さんがはまってた。

 

シリーズ化するなら、記憶喪失であることを知った元旦那を、奥畑がどう扱うのか(気づいたあとは、警察にそのことをいうと息巻いていたけど、最終話で自身が守秘義務違反をしたため、自身にも弱みがあるということで目をつぶった)、まぁ離婚理由も語られていないので、その辺も描いてくるかなという予想。

 

そこに佐相もなんとなく絡んでくる気が。

(ラブ路線はそんなにいらないんだよなぁ…)

 

まぁ始まったばかりの作品なので、次回以降も期待。

 

各話視聴率 

話数/ 放送日/視聴率

  1. 1月10日 14.7% (2時間)
  2. 1月17日 10.5% 
  3. 1月24日 11.9%
  4. 1月31日 12.1%
  5. 2月  7日 10.7%
  6. 2月14日 11.3%
  7. 2月21日 10.6%
  8. 2月28日 9.9%
  9. 3月  7日 11.2%
  10. 3月14日 10.1%

 

2019.3.24(日)なんで小説を書こうとしているのか

今日はタイトルの通り。

なんで今更そんな事しようと思ったのかっていう話。

 

元々執筆欲があったのかと問われれば、それは断然NO。

むしろ文章を書くことは大嫌い。

 

理由は単純なんですけど、家人にプロの文章書きがおりまして…。

小学校低学年時に、毎週末出される作文の宿題があったんですけど、

書いたら見せて、添削されて、日曜日の夕方に必ず書き直させられるという苦行を経験しておりまして…。

ちょっとした修正ならまだしも、まぁまぁ時間かけて書いたものを全否定ということも多々あり、正直、辟易していたわけです。

 

なので、文章を書くというのはトラウマでもありました。

学校でイベントごとに書かされる作文も大嫌いで、最低限しか書きませんでした。

タイトル書いて、名前書いて、3行あけてから書き出して、原稿用紙半分のところぴったりで終わらせていました。

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もうね、ブログが精一杯。

学生時代から他愛もないブログは書いていましたが、それが限界。

便所の落書きみたいなものですな。

 

社会に出てからは、ライブなどの宣伝も兼ねて書いていましたが、それもあまりしなくなりました。

 

…で、現在。

勤め人として、文章に関わる仕事をしているのですが、様々な人の文章を読んでいくうちに、自分の文章がびっくりするくらい下手くそになっていきました。

というか、言葉が出てこなくなったんですよね。

 

友人に、素人なのですが、若い時からとても面白い文章を書く人がいましてね。

彼女にその話をちらっとしたら、どんな形でもいいから毎日書かないと、文章構築力は落ちていくよ!とはっきり言われました。

 

実際、他人様の文章は読むし、添削もするんですけど、自分の文章って数年書いていないなと気づきました。

まずはブログを再開させました……といっても緩々とですが。

 

でね。

かなり前から温めていた原案を形にしたい欲っていうのが出てきちゃいました。

漫画でもなんでもいいなと思ったんですけど、絵は趣味なだけで、まったく上手くないんですよ。

まぁ、だからといって文章が上手いかと問われると、それも微妙ですが。

 

数年、現在の仕事をしてきて、変な文章は山のようにみてきたし、私が書いた企画書など受けも良かったので、小説書きというものにチャレンジしてみたわけです。

 

有名なPixivというところで書いていますが、他のみなさんの上手いこと、上手いこと。

もうびっくり。

プロより上手い人とかいて羨ましい限りですわ。

 

昨日サクサクっとアップした小説。

実はね、終わりがなんとなくしか見えてないんですよ。

一応簡易プロットはあるんですけど、「らしきもの」の状態で、そこを少しずつ膨らまして、ちょこちょこ書いているので、プロットとは気持ち変わっている部分もあります。

 

だからね、無事着地できるのか、もう超不安。。。

自分が一番、自分を信用できていない。

……気長にいきましょう。

 

人生はたった一度きり。

次は人間に転生できるとは限りません。

今やりたいなと思ったことに手を拱いていると、あっという間に人生終わります。

 

何かを書いて(描いて)発表するという行為は、とても苦手です。

自分の頭の中を覗かれている感覚に陥るので…笑

 

でも、これで死んだら死にきれないと思ったんです。

頭の中だけでぐちゃぐちゃするより、出してスッキリしたいなと思ったんです。

 

大した文章ではまったくもってないですし、アップしたくせに結構大規模な修正かけたりとか平気でするんですけど、お付き合いいただけたら幸いです。

 

www.pixiv.net